【実体験】台風被害(15・19号)にあった千葉県鋸南町へボランティアに行ってきた【写真17枚】

どうも、ザッキーです。 

 

2019/10/20(日)

台風15・19号の被害を受けた「千葉県鋸南町」へボランティアに行ってきました。 

  

愛知から、千葉に向けていざ!  

  

東京に前泊してーの…

 

いざ!  

人もまばら

率直に感想を書いていきます。

結論から言うと行って良かったです。 

 

 

行くかどうか迷ってた

ぶっちゃけた話、ボランティア前日は「別に行かなくてもいいかも」って思ってました。 

 

というのも、僕が行く予定だった千葉県鋸南町は、10/22を持ってボランティア募集を終了するって発表されたからです。 

 

 

ぼくが行くのは10/20

(…あれ?もうほとんど復興してるってことかな?)

 

そう思っちゃったんですよね。  

人手が足りてるなら、他の地区に駆けつけた方がいいんかな?って。 

 

でも、やっぱり鋸南町に行くことにしました。

それには、ぼくの地元と「西日本豪雨」が関係していました。 

 

 

地元・宇和島が流された後 

みなさんの記憶にも新しいと思うんですけど、2018年7月に西日本豪雨が日本を襲いましたよね。  

 

ぼくの地元は愛媛県宇和島市です。  

 

…そう、西日本豪雨で壊滅的な被害を受けた地区です。 

  

みかんや漁業で生活している家が大半を占める街で、件の豪雨はぼくの街をめちゃくちゃにしました。 

 

当時は道路が寸断されていて、ヘリから中継が入り。ただ高齢化が進みまくってる地区だけに、しのいだは良いものの人手が圧倒的に足りてなかったんです。

地元に帰っている友達から近況報告があるたび、胸がしめつけられる思いでした。 

  

真夏なのに全身フル装備で汗だくになりながら土砂の撤去。砂埃が舞う中、水道も寸断されてお風呂に入れない、、、という日が続いて…

 

 

(早く帰らなきゃ…) 

そう思いつつも、ぼくは帰れませんでした。 

 

なぜなら、アトピーがひどくて、とても復興作業ができる状態ではなかったから… 

 

帰りたいけど、帰っても役に立てない

そんな圧倒的なモヤモヤを抱えて、生活を切り詰めてほんの少しの寄付をするのみでした。 

  

 

…次第に、ニュースも宇和島を映すことはなくなり、岡山の真備町、愛媛の大洲市と言った大きな被害を受けた地域を大々的にとりあげるようになりました。

 

じゃあ、それで宇和島が復興したのか、というとそうでもなかったんです。 

 

むしろ、一般の方の心配は、テレビで放送されている地域に移っていって。 

気づけば僕の地元は、ほとんど地元民のみで復興するしかないような状況になっていました。 

  

でも、そんな中でも自衛隊の方や、状況を知っているボランティアの方が駆けつけてくれて、なんとか公にならない状況で復興していったんです。  

 

 

ぼくは、感謝するしかできませんでした。 

  

そして今 

なんとなく、鋸南町にも似た印象を抱いたんですよね。 

   

ぼく、本当は長野市にいこうとしてたんです。

ただ、そんな地元での一件があったからこそ、宇和島と似た境遇にある(んじゃないかと思った)鋸南町に行くことにしたのでした。 

  

「受けた恩を、次につなげたい」 

きれいごとかもだけど、ね。  

 

結果的に、行って正解でした。 

 

 

鋸南町へ 

 

10/20 10:09

鋸南町は保田駅に着きました。

 

千葉県鋸南町は、周囲を海と山に囲まれ、小林一茶や夏目漱石が訪れたとされる日本百低山の一つ「鋸山(のこぎりやま)」もある風光明媚な観光地です。 

 

…と、かたい紹介はここまでにして、一言で言えば「いそがしい心を落ち着けられる場所」です。少なくとも、ぼくはそう感じました。  

 

ついた瞬間、「あ、落ち着く」と感じて。 

 

街もどことなく宇和島に似ています。 

鋸南町

   

ホッとしたのも束の間。 

 

ボランティアセンターに向かう途中 

自衛隊の車とすれ違ったり、屋根に登ってブルーシートを張っている光景を目の当たりにして。 

「まだまだ復興途中なんだ…」と再確認します。  

 

   

至る所にブルーシートが貼られています

 

いつのまにか背筋が伸びてました。 

受付に向かう足も速くなります。 

  

 

【ボランティアセンターに到着】

…到着です。  

  

ボランティアが始まります。 

 

 

「新しい人が来なくなる」

よし、やるぞ! 

…と思ったのも束の間。 

 

ここである事実が判明します。それが 

 

「軽トラが足りない」 

 

です。そう、人手があっても、肝心の土砂や廃材を運ぶ軽トラが足りてなかったんです。 

 

実は、それも見越して2日前からレンタカー屋さんに電話かけまくってたんですけど、全部出払ってました。  

 

そうだよね。みんな必要だもんね。 

  

(早く…)

はやる気持ちを抑えて1時間ほど待機します。

  

… 

 

〜待機中〜

町民の方が印象的な会話をしてました。  

 

10/22で打ち切りって出しちゃったから、もう新しい人はこないな…」 

 

…これ聞いたときドキっとして。

なぜなら、ぼく自身が「(もう大丈夫なんじゃね…?)」って少し期待していたからです。 

 

10/22で打ち切りになるくらいならかなり復興も進んでるはず。だったら、他の地区に駆けつけた方がいいのかな?って。

… 

 

でも、考えることはみんな同じですよね。 

来てくれる人はいるものの、9割以上は千葉県内から来られた方です。 

  

県外の人は、それこそ報道されている地区へ行きます。 

それもそうですよね… 

 

鋸南町は若い方が少なくて、ボランティアに来ている人の7〜8割は40代以上の方に見えました。 

  

みんなで軽トラやチェーンソーなどを持ち寄って、あれはできる、これは電源がないとできん、という会話をしてます。 

 

むしろ若い人は現場のハンドリングに終始していて、そのおかげで上手く回っていくんだけども。実際に壊れた家屋にいくのは少し高齢な方も多かった。 

  

 

昼の12時前 

とうとう出番がやって来ました。 

 

やることは「雨でダメになった家具・廃材の撤去」 

車3台に分かれて6人で向かいます。 

 

何の偶然か、貸し出された軽トラに一つのミカンが乗っていました。(ぼくの地元・宇和島の名産品です) 

 

色々ご縁がある気がしてならない。    

 

あと、本当にビックリしたのが、めちゃくちゃ宇和島に似ていたってこと。 

何度でも言う。景色が特に。 

 

被災した一般住宅に向かう途中で、「あー、なんだか懐かしいなあ」って。 

  

これが宇和島で  

  

これが鋸南町

 

途中、猫ちゃんに癒されたり  

 

どんな悩みも優しく包み込んでくれるような雄大な自然と、ゆったり考える時間をくれる場所 

 

それが僕の感じた鋸南町です。

  

 

(こんなステキな場所が…)

そう思えば思うほど、自分に出来ることを精一杯やろうと誓うのでした。 

 

 

「足りる」なんて無い 

軽トラを走らせ、とある民家に到着しました。  

 

めっちゃ山奥。 

お兄さんが出迎えてくれて、仕事開始です。 

ぼく以外の5人とどうやって運び出すか、トラックに詰め込むかなど話し合いつつ、あとは作業しながら臨機応変に。  

 

雨で腐ってしまった畳をみんなで剥がし、一枚ずつ外に。 

上には大量のアリ。下からはムカデ。 

 

ぶっちゃけ虫が苦手な人にはきついかもしれませんね… 

 

ぼくたちボランティア陣も慣れていないので 

「これって捨てられる?」 

「これどうする??」 

と事前にもらった作業概要とにらめっこしながら進めます。 

  

屋内はかなり湿っていて、至る所が腐ってカビが生えていました。 

それだけ台風が激しかったってことですね… 

 

 

40分ほど経ったでしょうか。 

大方の撤去が終わりました。 

 

ぼくは大量の畳や家電をつんだ軽トラに乗って、ボランティアセンターに帰宅です。 

  

 

 

捨てます。 

   

   

(ふう、終わった) 

と思ったのも束の間 

 

お次は、別の住宅で「草刈り」と「倒木」をします。  

玄関がつぶれてしまった時のために、第二経路の確保ですね。  

   

 

みんなでバケツリレー式につるや木の枝、丸太を運んではトラック荷台に積み込んで行きます。 

  

途中から住人の方が帰ってこられて、しきりに 

「ありがとうございます」 

を連呼されてました。心があったかくなってきます。 

 

 

…もう終わるってところで 

初めて大学生の女の子がいたりした事実に感動しました。 

 

ぼくが同じくらいの年齢の時、考えはしても「行動には移せなかったな」って。 

そんなこんなでぼくのボランティアは終了しました。 

 

   

  

 

ボランティアに意味はあるのか 

ここで急に質問なんですけど、あなたは 

ボランティアに「意味」ってあると思いますか? 

 

自己満とか揶揄されることも多いですし、お金をもらわずに(むしろ払って)やる人助けに意味なんてあるの?って。 

 

ぼくは20歳くらいまで「ボランティアなんて自己満だろ」って思ってました。 

だって、辛い思いするってわかってるのに、わざわざ行くなんて自己満足以外の何物でもないじゃん、って。 

 

たしかに、今回26歳になって初めてしたボランティアも 

結論から言えば自己満でした。 

 

 

でも、それ以上に「意味」なんて求めなくてもいいんじゃないか?って考えを持てるようにもなったんですよね。 

 

ぼくたちが求める「意味」って、きっと何か生産性のあることをしたいってことじゃないですか?  

 

たしかに誰かの役に立った方が嬉しいし、それによって自分も得したい。 

そう思うのは自然で、じゃあ自分が得しないボランティアって「成立しない」んじゃないの?って。 

 

20歳までのぼくはそう思ってました。 

 

でも、今ならわかります。 

ボランティアをして得られるのは、お金ではなくて「所属欲求」とか「自信」っていう目に見えないもので… 

 

 

それで十分なんだなって。 

 

自己満でいいじゃん。 

その行動が、誰かにとっての救いになるなら。 

 

一生懸命働いたあと、民家の方から「本当にありがとう」って言われた時に 

またやろう

  

って思えました。 

きっとその「ありがとう」があってもなくても、誰かの役に立っているって実感がもてたら、きっとボランティアする「意味」がわかるんじゃないかな、って。 

   

   

やって確かめればいい 

 

人助けに偽善なんてない 

って言ったらどう思いますか? 

 

こう言うボランティアをしてると、「偽善じゃん」って思う人もいると思います。それ自体は悪くないし、たしかに自分がやりたくてやってるので偽善なのかもしれません。 

 

ぼくも一時期思っていて、どうせ助けるなら

でも、誰かが「助かったよ」って言ってくれるなら、それは偽善から善に変わります。主語はいつだって「You」で、そこに「I」はあってもなくてもいい。 

 

仮にぼくが被災者なら、ボランティアに来てくれた人に感謝した瞬間から、その行いは善になります。 

それがたとえ、偽善だったとしても。 

   

 

助ける、じゃなくて 

相手が「助かる」ってだけです。それでいいと思います。 

  

 

…何が言いたいかと言うと、自分が良いと思ったことは迷わずやるべきです。それを判断するのは相手だから。 

  

どうせ迷うくらいなら、やって確かめた方が早い。 

特に人助けは。 

 

電車で女性や高齢者に席をゆずる、ヘルプマークをつけてる人に声をかける、とか。  

 

やったらやったで「年寄り扱いすんな!」って怒られるかもしれないし、煙たがられるかもしれません。  

   

 

でも、そんなことはやる前にはわかりません。 

 

その行動が利他的なら、迷わずやった方がいいと思います。 

うぜー!って言われたらやめればいいだけですから。  

 

その思いやりが、次の思いやりにつながるはず。 

ぼくが地元を助けてもらった恩を、この鋸南町に返しに来たように… 

 

そんなことを感じたボランティアでした。  

  

 

最後に 

 

きれいごと無しに、まだまだ復興に時間はかかると思います。 

あと、人は足りてない。 

 

いま報道されてない、鋸南町はじめ他府県の地区でも、もっと人手がいるのは間違いないですね。  

 

ぼくも自分にできることをやっていきます。 

 

最後にもう一つだけ。 

 

アトピーで悔しい思いをしていた昔のじぶんと似た境遇にある人、絶対大丈夫だから。 

 

今は、というか今までずっと苦しんできたんだと思う。 

今は無理しなくていい。これからは自分の体を一番大切にしてあげてね。 

  

まずは自分が幸せになることからだよ。 

また治ったら、寄り添ってくれた人たちに少しずつ返していこうね。  

 

あの時宇和島に来てくれた人たち、本当にありがとう。 

 

鋸南町の人が、次のバトンをつないでくれると信じて、今回の記事はここまでです。 

 

では!  

 

後ろに明日は無い

道は前に、進むなら前に。 

 

  

 

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