両親が不仲だったおかげで、ぼくは幸せになれたという話。

   

 

「さっさと別れろよ!!」

   

限界だった。 

18歳までのぼくは、いつもそう思っていた。  

 

キレると手がつけられなくなる父と、被害妄想の強い母。 

   

 

どっちが悪い、という話でもない。 

ただ、家庭の空気は最低だった。  

  

 

2階で寝ていたら、急に聞こえてくる母の叫び声。父の怒声。 

急いで降りると、母の髪をわしづかみにした父が、大声でののしりながら母を引きずり回している。 

 

母は泣き、父は手がつけられない。 

しまいには、「出て行け!!」となり、母は荷物をまとめてなんども実家に帰っていた。  

   

  

そんな光景を前に、3人の兄弟はもうやめて!と叫ぶことしかできなかった。 

 

  

 

そして、何度となく出る「離婚話」 

お前はどっちに付いていくんだ? 

と子供ながらに試され、次第に両親のことが嫌いになっていった。 

 

  

 

 

…でも、今、ぼくは幸せに生きている。 

 

両親のことも、理解できるようになってきた。 

 

 

今日は、そんな話をします。 

  

  

  

常に親が嫌いだった学生時代 

ぼくの実家は愛媛県。

小さな田舎町で18年過ごしました。 

  

 

毎年家族でキャンプに行ったり、初詣にいくような「良い」家族でしたが  

わずかな異変が起きはじめたのは、ぼくが10歳の頃。

 

   

 

姉が思春期に入り、ささいな事で父と衝突するようになったんです。 

固定電話の時間がながい、夜おそくに風呂に入ると近所に迷惑だ、とか。

 

  

ささいなキッカケだったんですが、それから常にリビングがピリついた空気になりました。

   

   

自営業だったこともあり、金銭面でも悩むことが多かったのでしょう。 

  

毎日のようにピリつく両親に嫌気がさし 

一人、また一人とリビングから離れていき、最後には父だけが残りました。

   

 

    

当時、僕はかなりムカついていました。 

早く出ていきたい」「なんで家でこんな嫌な思いをしないといけないんだ」と。 

   

ぶっちゃけた話、両親の離婚話が出るたび 

「さっさと別れろよ」と内心思っていました。 

  

 

  

子供のために別れない、という両親のスタンスに、納得できなかったんです。 

 

それだと、僕たちが原因で苦しい結婚生活を続けているみたいじゃないか、と否定された気持ちになるので、本当に早く出ていきたかった。 

  

  

 

 

…結果的に、高校受験の直前で志望校を進学校から「工業高校」に変え、高校を出たら就職して県外に出ることを決めました。 

 

 

その後就職試験に失敗してしまうのですが。。。 

  

 

結局、奨学金を借りて、兵庫県にある自動車整備の専門学校に進学することにしました。 

  

 

  

ずっと顔色を伺って生きてきた

愛媛を出て、両親から離れてみて、正直人生がかなり楽しくなりました。 

  

 

帰っても怒鳴り声が聞こえない 

両親に気を使わなくて良い 

  

たったそれだけのことでしたが、僕にはかなり嬉しいことでした。 

   

  

僕は、ずっと相手の顔色を伺って生きてきました。 

キレやすい父がいる実家に適応するためだったんだと思います。 

   

 

常に誰かに気を使っていて、相手の気持ちを考えすぎるが故に言いたいことを言えず、自分を大切にすることができないことが多かった。 

   

  

嫌なことを嫌と言えず、一度うつ病になってしまったこともあります。 

   

  

 

以降、何度か実家には帰ったのですが、その度に両親の関係性が変化していて、対応するのに疲れてしまいました。 

 

(仲良くするなら仲良くしろよ) 

(…別れるなら別れろよ!)  

 

と。 

 

 

  

 

結局、21歳からほとんど実家に帰らなくなりました。 

 

もう、勝手にやってくれと。 

   

 

   

 

短所が長所に変わる瞬間

…それから、5年の月日が経ちました。 

 

僕は、相手の顔色を伺うことは「短所」でしかないと思っていました。 

批判を恐れずにじぶんの意見を言える人に憧れ、夢を追いかけている人に憧れ、、、 

 

 

でも、自分はそうではない。 

きっと、僕が本音を言えば、誰かが傷ついてしまう。 

  

 

だったら、自分が我慢すれば済むんだ。それが一番良いんだ、と。  

  

  

 

  

けど、今は違います。 

  

僕の夢は「生きてて楽しい!!」と言えることをたくさん増やすこと。

  

 

これは、全てのコンプレックスに泣きながら向き合い、乗り越え、同じように自分をころして生きてきた人の力になりたい、と思えたからです。   

   

  

両親が不仲じゃなかったら、僕は人の幸せのために生きていこうと思っていなかったと思います。 

 

きっと、独善的に生きるのが良いと思い、生きていたんじゃないかなあ。 

   

 

 

けど、両親が不仲だったおかげで僕は  

 

人の気持ちに寄り添う 

相手への想像力を働かせる  

  

という、人生で一番大切な「武器」を手に入れました。 

 

  

 

 

学生時代、ずっとコンプレックスだった僕の短所は、大人になって生涯の武器に変わったんです。 

  

   

  

嫌なことには、大切な教訓が隠れている 

それを教えてくれたのは、紛れもなく両親です。 

  

   

  

おかげで相手の気持ちを考えられるようになりましたし、深い関係も築けるようになりました。 

   

いまも離婚、とまでは至ってないけど、度々別居しています。 

 

けど、どんな選択をして、どんな結末になっても、家族は家族なので、どっちでもいい。というのが正直な思いです。 

 

 

今は、両親に本当に感謝しています。 

 

僕は、僕の生き方を見つけました。 

  

 

両親にも、自分の生き方を見つけてほしいな、と願っています。 

 

  

 

最後に 

両親が不仲、という問題は、実はかなり多くの家庭が抱えているのではないでしょうか? 

  

   

友達にも言い出しにくいし、嫌な思いをさせないか不安で、結局一人で抱えてしまったり。 

  

 

 

でも、今が全てではありません。 

 

今の辛い経験は、未来の自分の輝かせるためにあります。 

これは、胸を張って言えます。 

 

  

 

未来は、絶対に明るくなるように設計されている。 

 

ぼくのカメラマンの師匠がくれた言葉です。 

今が辛くても、必ず解決の糸口は見つかる。 

  

 

 

解決した先には、きっと想像もできないような最高の人生が待っています。 

  

   

 

いまも両親の不仲に悩んでいる人には、その事実がいつか自分の強力な武器になることを伝えさせてください。 

  

 

 

未来は、必ず素晴らしい。 

 

 

みなさんの人生は、必ず最高のものになります!! 

  

 

なので、自分を信じて。 

未来に目を向けて、たった一度きりの人生を最高のものにしていきましょう!! 

 

  

 

この記事が、あなたの役に立てば嬉しいです。   

 

では。 

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